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名古屋高等裁判所 昭和50年(行コ)7号 判決 1977年3月28日

控訴人 西尾研

被控訴人 社会保険診療報酬支払基金

訴訟代理人 前藏正七 石原裕二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

控訴代理人は、「原判決を取消す。本件を岐阜地方裁判所へ差し戻す。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二当事者双方の事実上、法律上の主張については、左記のほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  控訴代理人は、つぎのとおり述べた。

(1)  健康保険法四三条の九第四項、社会保険診療報酬支払基金法(以下基金法という。)一三条一項三号に定める審査は、実際の運用の上では、「診療報酬の請求に関する審査について」と題する厚生省保険局長の基金理事長あて通牒(昭和三三年一二月四日保発第七一号)に準拠してなされている。右通牒は、「審査委員会における審査は、いずれの診療報酬点数表により診療報酬額を算定する場合においても、保険医療機関等から提出された診療報酬請求明細書に記載されている事項につき、書面審査を基調として、その診療内容が保険医療機関及び保険医療養担当規則に定めるところに合致しているかどうか、その請求点数が健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方式に誤りがないかどうかを検討し、もつて、適正な診療報酬額を審査算定するものであるから、審査の原則については、算定方法の区別により何ら差があるべきでないこと。」としている。これを要するに、審査は、(一)当該保険医療機関がなした療養の給付、すなわち診療内容の適否を判断すること、(二)適正と判断された診療について、保険医療機関が請求することのできる診療報酬額を算定することである。そして、右(一)の診療内容の適、不適の判断基準は、保険医療機関及び保険医療養担当規則(以下療養担当規則という。)であり、審査によつて診療内容が不適とされたものについては、診療報酬を否定、つまり減点するのであり、この減点は、前記通牒の「(三)審査の具体的方針の(一)(3)の診療行為の種類、回数または実施量等については、療養担当規則に照らして不当と認められる部分につき減点査定すべきは当然であること。」に基づき、当然のこととされて広く行われており、前記(一)の診療内容の適否とは、患者に対してなされた療養の給付が患者の健康保持増進上の観点から妥当適切になされたものであるかを判定する医学専門的な評価である。前記(二)の診療報酬額の算定は、適正と判断された療養の給付について、療養に要する費用の額の算定方法を準拠として報酬額を査定するもので、処置、投薬等の個々の固定点数に誤りがないかどうか、集計点数に誤りがないかどうかを検討するにすぎない機械的事務処理であつて、何らの価値判断をも伴わないものである。以上(一)(二)のような審査をした結果、診療報酬請求の診療内容や額の算定に過誤がないとされるときは、基金は請求者である保険医療機関に対し、何らの意思表示をしないが、過誤があるとされるときは、増減点通知書を保険医療機関に発送して審査結果を通告する。診療内容に関する審査は、療養担当規則二〇条、二一条に定める診療の具体的方針を原則的準則とするほか、その他多くの通達、通牒に照らし、診察、投薬、注射、手術、処置等についてなされるが、これら通牒、通達は法令上の根拠はないが、事実上保険給付の基準を定める規範として作用している。

(2)  診療方針は、健康保険法四三条の九第四項、四三条の四第一項、四三条の六第一項の規定により、療養担当規則を準則とし、かつ、昭和三三年六月厚生省告示第一七七号「健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法」(点数表)による。療養担当規則一二条に「保険医の診療は一般に医師として診療の必要があると認められる疾病または負傷に対し、適確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行わなければならない。」と規定されているところに照らすと、保険診療も基本的には、保険外の診療と同一であつて、一般に医師として医学上の知識、技能から患者の傷病に必要有益であると認められる診療は、保険診療においても行うことができ、一般の診療と区別するいわれはない。換言すれば保険診療の療養の給付の基準は、患者の疾病、負傷が現在の医学の水準からみて必要とされる診療を客観的に要求しているかどうかであり、客観的に必要とされる診療は、保険医がこれを給付しなければならず、また、給付することができるのであり、この意味からすれば、保険診療には特別の制限が課せられておらず、保険外のそれと同様、もつぱら医学的立場から、患者の健康の保持増進のため妥当適切と認められる診療を行わなければならない義務と責任を負つている。療養担当規則二〇条、二一条は、診療の具体的方針を定めているが、実際に給付すべき診療の具対的内容の選択は、保険医の自主的な自由裁量に委ねられている。

以上に対し、例えば、身体障害者福祉法一九条の四、児童福祉法二一条の二、生活保護法五二条等の社会福祉法制のもとでは、診療の方針は、原則として、健康保険法の診療方針の例(療養担当規則の例)によるとしながらも、法律自らこれによることができないとき、またはこれによることを適当としない場合を予め予定し、この場合は、厚生大臣が別に定める診療方針によるべきむねを定めていて、療養の給付に関する準則、診療方針は健康保険法におけるそれよりも厳格であり、給付を受けることのできる療養の範囲が限定されている。換言すれば、それは制限診療を建前としており、健康保険法における療養の給付が前記の如き自由診療であるのと根本的に異なる。また、社会福祉法制のもとでは、法の定める一定の給付または行政庁の一定の負担については、これを受けようとする者あるいは負担をさせることを望む者が予め行政庁に対し、右給付等をなすべきことを申請し、これに対する給付等の決定がなされてはじめて給付等を行うことができるのを原則とする。すなわち、事前の申請に基づく右の給付の決定がなければ、実際に給付を受けることができないのであつて、(いわゆる申請主義)、この点健康保険法のもとで、保険者の給付決定を要せずして保険給付を受けることができるのと異なる。さらに、社会福祉法制のもとでは、都道府県知事はその指定医療機関の行う診療の内容について指導し、規制することができるが(例えば、生活保護法五〇条二項等)、健康保険法のもとでは、かようなことはない(同法四三条の七)。以上のように、健康保険制度と社会福祉法制度とでは本質的に異なるものである。

(3)  旧健康保険法では、「療養に要する費用は厚生大臣の定むる所により保険者之を算定す。」とされ(昭和二三年法律第一二六号四三条の六第二項)、診療報酬額は一方的に保険者により決定され、保険医自ら決定することは認められていなかつた。現行健康保険医法では、保険医自らまず診療報酬額を確定して請求し得るものとし、ついで二次的に保険者が右請求について審査する権限を有するものとされている。そしてまた、社会福祉法制のもとでは、旧健康保険法と同様医療機関に診療報酬額の確定権はなく、行政庁たる知事がつねに一方的にこれを決定する(生活保護法五三条一項、結核予防法三八条三項、児童福祉法二一条の三第一項等)。以上要するに、健康保険法のもとでは申告方式をとるのに対し、社会福祉法制のもとでは決定方式をとつている。

(4)  旧健康保険法のもとでは、保険医療機関に自ら診療報酬額を確定する権限を認めず、保険者がつねに一方的意思表示によりこれを確定することとされていたが、現行法のもとでは、保険医療機関に申告権を認め、その申告は保険者の審査に基づく申告と異なる判断の下されないことを条件として法律上の効果を生じ、申告と同時に診療報酬額を一応確定させる。保険者の審査により右申告が誤りと判断されない以上、申告は最終的に確定する。誤りとされ、増減点通知が発せられると、誤りとされた範囲内において、申告の効力は失われ、審査権の発動の結果として、修正された部分について報酬額を確定する法律上の効力が発生する。

(5)  審査は、療養担当規則を準則としてなす診療行為の個別的、具体的内容に立ち入つてまで審査することは本来許されない。療養担当規則一八条所定の特殊療法等及び一九条所定の使用医薬晶及び歯科材料の施用等は、右規定により診療行為としてなすことを禁止されているから、この診療行為については審査の対象となし得る。同規則二〇条、二一条で健康診断、研究目的をもつてする検査も禁止されているから、これまた審査の対象となし得る。右以外は必要と認められる以上、前記自由診療制の上からも、その診療行為は是認されるのである。ゆえに、審査は、診療行為の必要性等の実体についてまで触れることは、本来できないといわなければならない。けだし、特定の患者の特定の傷病に対し、如何なる診療が最も適切有効かは診療に当つた当該の医師のみがこれを判断し得るのであり、法律が診療行為の内容に関し、必要性、合理性を定めるとするのであるならば、多種多様の診療手段の個々について、これが正しく適用されるべき傷病、条件につき、厳格詳細な規制をなすべきであるが、これらの規定をおかない現制度のもとで、単に診療報酬請求明細書のみを資料として、診療行為の必要性、実体について判断し得るものではないからである。しかるに、審査の実際においては、診療行為の必要性、実体についてまで及び、減点処分がなされている。他方生活保護法等の社会福祉法制度のもとでは、法制上診療内容と診療報酬請求の両者が審査の対象となつており(同法五三条、結核予防法三八条、児童福祉法二一条の三等)、右法律のもとでは、診療行為の実体、必要性についても、審査し得ることになつている。

(6)  以上のように、旧健康保険法、社会福祉法制のもとでは、審査は実体についてまでなし得るのであり、それゆえ、審査自体が行政処分性を有するものである。現行健康保険法のもとでも、審査は、前記のとおり、診療行為の必要等その実体についてなされているのであるから、行政処分であるといわなければならない。生活保護法五三条五項は、「第一項の規定による診療報酬の額の決定については、行政不服審査法による不服申立をすることができない。」と規定しているが、これは生活保護法が診療報酬額の決定に関する知事の行為を一個の行政処分としていることを示している。右規定がこれを行政処分とする前提のもとに、行政不服審査を禁じ、抗告訴訟により争訟すべきことを定めていることに照らしても明らかである。健康保険法のもとでは、診療行為の必要性、合理性も審査の対象とされ、必要性がないと認められた診療行為について、減点という形式をもつて否定されるのであり、旧健康保険法、社会福祉法制における審査と実質的に何ら異なるところがなく、この点に照らしても、行政処分であるというべきである。

(7)  原判決は、「基金が診療報酬支払義務を負うのは一般取引界における債権債務関係にすぎない。」というが、診療報酬債権は法の規定によつて発生する公法上の債権である。原判決はまた、「審査は、診療担当者の診療報酬請求からその支払に至るまでの過程の一環にすぎず、支払意思を決定する前提段階にとどまり、本件審査自体は、内部的判断作用にすぎない。一般取引界における債務者の債務確認行為と同様、その金額を内部的に確認する行為にほかならない。」とするが、審査は、健康保険法四三条の九に基づき、保険者及び被控訴人がその権限を有し、これを行う責務を負うのであつて、審査権の行使は、診療報酬の存否、範囲についての確認のみならず、診療内容の法適合性の確認についてもなされるのであり、診療内容が診療方針に違反している場合には、保険者または基金(被控訴人)は監督官庁たる知事に通報し、知事は保険医療機関及び保険医に対し、その指定の取消をすることができる(健康保険法四三条の一二第一号第二号等)。これらの点に照らしても、審査が原判決のいうような単なる内部的判断作用ないし内部的確認行為でないこと明らかである。また、原判決は、「診療報酬請求権は基金の何らかの行為に基づいてはじめて発生するものでなく、診療担当者が個々の診療行為を行う都度法規の基準に従い当然に発生するものであり、審査はその基準に合致しないと認めた場合に減点という形でその支払を拒絶するにすぎないものと解され、支払拒絶の意思表示によつて請求権の発生、消長等に何らの変動を及ぼすものではない。」として、審査は行政処分でないというが、前述のように、審査の実際では診療の必要性ないし合理性までもその対象としており、不必要ないし不合理と認定した診療行為について、診療報酬請求を減点という形式で否定するのであるから、それは単なる債務確認ではなく、形成的効力を発生する処分にほかならない。すなわち、審査によつて、診療報酬債権の発生、増減等その消長に重大な変動を及ぼすこと明らかであり、原判決のいうように、「右請求権は被控訴人の何らかの行為に基づいてはじめて発生するものではなく、個々の診療行為を行う都度法規の基準に従い当然に発生する。」ということは当らないし、また、「審査は診療報酬額を内部的に確認する行為であり、その金額をもつて診療担当者が請求し得べき金額とする規定も、その審査結果を外部に表白すべき規定もないし、審査自体に一定の法的効果を付与することを認めた明文の規定がない。」として、審査の非処分性を判示するが、診療報酬請求は、保険医療機関からなされ、その額の確定は、一次的に保険医療機関により、二次的に保険者によつてなされるものであるところ、審査の結果が保険医療機関のなした一次的確定(診療報酬額の請求)と同一であるときは、右一次的確定たる診療報酬請求の法効果が発生し、審査の法効果は発生しないが、逆に審査の結果が右請求と異なるときは、審査の法効果が発生するというべきである。右法的効果の発生については、法に明文の規定こそないが、それだからといつて、直ちに処分性を否定することは、抗告訴訟による国民の権利救済を不当に狭めるものであつて正当でない。要は、行政行為の概念に当らないものでも、それが国民の利害に重大な係わりをもつとき、すなわち、行政庁の行為によつて、国民の法律的利益ないし保護に値する利益、価値が侵害された場合には、処分性を是認すべきであり、それは権力的行政行為によるものだけでなく、非権力的行為(例えば、行政指導、第三者との契約、事実行為)によるものをも含むべく、また、公定力の有無にも係わりないというべきであり、換言すれば、行政庁の一方的に実施する公役務活動で、国民の生活を他律的に規制するものは処分であるとしてよく、かかる見地からすれば、審査、減点処分も行政処分として、抗告訴訟の対象となるといわなければならない。

(8)  控訴人が本訴において主張するのは、審査の違法性にある。すなわち、右審査は、原判決請求原因の項で述べているとおり、その内容が極めて不明確であり、法の定めに違反して組織された合議機関によるものであり、弁明の機会を与えることなくしてなされた不利益処分であり、法律上審査の対象外である診療の必要性、合理性に関してなされたものであつて、これらの違法確認にある。たとい、被控訴人主張の如く、診療報酬の支払を求める給付訴訟が可能であるとしても、これによつては、審査の違法性についての司法審査は十分になされず、保険医療機関として日常不断に不当な審査、減点処分による不利益を受けている控訴人の権利、利益を根本的に回復し得ない。

二  被控訴代理人は、つぎのとおり述べた。

診療報酬請求権は、保険医療機関が個々の診療行為を行う都度、すでに定立されている一定の基準に従い、当然に発生するものであつて、控訴人主張のように、審査によつて確定し、発生するものではない。保険医療機関と保険者の関係は、いわゆる第三者(被保険者)のためにする公法上の契約関係であり、これにより、保険医療機関はすべての被保険者に対し法令の定める療養方針(療養担当規則等)に従い、保険診療に当るべき健康保険法上の義務を負い、一方その対価として法令の定めるところ(健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法-診療報酬点数表)により算定した診療報酬を請求し、その支払を受けることができるのである。その診療報酬請求権の範囲は、あくまでも契約によつて定められた右療養担当規則等の範囲内の診療に限られ、療養担当規則や点数表により、保険医療機関の請求し得る診療報酬の額は、個々の療養給付の都度客観的に算定し得るし、療養給付の都度診療報酬請求権が発生するのであつて、控訴人主張の如く審査があつて発生するのではない。審査は、発生した診療報酬請求権が幾何かを審査して適正な支払がなされることを確保するため、療養の給付が療養担当規則に定めるところに合致しているかどうか、その請求点数が前記点数表に照らし適正に算定されているかどうかを検討するもので、債権債務の適正な決裁に資するための行為にすぎず、それ自体行政処分ではない。そして、かかる審査により、保険医療機関の請求額が右規則の基準に合致せず、適正な診療報酬請求権より下廻るべきものとするときは、減点という形式により、保険医療機関に通知するが、適正な請求権は療養給付のときに発生しているのであり、これを審査により明確にし、請求額が多いときは減点という形式で支払うことができないむねを通知するに止まるのであるから、減点通知により、本来の適正な報酬請求権に何らの消長も及ぼさない。控訴人の本件審査減点が行政処分であることを前提とする本訴は不適法であつて、却下されるべきである。

第三  証拠関係<省略>

理由

一  控訴人主張の請求原因事実中、控訴人が健康保険法四三条三項一号の規定による保険医療機関西尾病院の開設者であり、かつ、同法四三条の二の規定による保険医であること、被控訴人が同法四三条の九第五項の規定による療養の給付に関する費用の請求につき、保険者である政府及び健康保険組合から、その審査及び支払に関する事務を委託され、右事務を行う公法人であること、被控訴人が昭和四七年二月頃控訴人に対し、「一月分増減点通知書」と題する書面をもつて、古田某及び稲垣某に関する診療報酬について減点をしたことについては、いずれも当事者間に争いがない。

二  控訴人は、右減点措置が行政事件訴訟法三条所定の行政処分であると主張するので、この点について判断する。

(1)  健康保険法四三条の九第五項、国民健康保険法四五条五項は、保険者は診療担当者による診療報酬の請求に対する審査及び支払に関する事務を社会保険診療報酬支払基金に委託することができるむねを規定し、基金法によれば、基金は各種の健康保険について、診療担当者から提出された診療報酬請求書の審査を行うとともに、政府その他の保険者が診療担当者に支払うべき診療報酬の迅速適正な支払をすることを目的とする法人であり(一条、二条)、診療報酬請求書を審査した上、診療担当者に対して診療報酬を支払うことを主要業務とし(一三条一項二項)、保険者から診療報酬の支払委託を受けたときは、診療担当者に対し、その請求にかかる診療報酬につき、自ら審査したところに従い、自己の名において支払をする法律上の義務を負うものである。本件においても、右委託契約が締結されているものであることは、前示のとおりである。一方医療機関は、都道府県知事に対し、保険医療機関となるべき指定の申請をなし、これに基づきなされた都道府県知事の指定により、保険医療機関となり、保険医療機関として、被保険者に対し、保険医療機関及び保険医療養担当規則(以下療養担当規則という。)に従い、保険診療に当たり、診療給付をしたときは、保険者に対して、診療報酬を請求し得る(健康保険法四三条の三、同条の六、同条の九)。

以上から、被控訴人は、保険者との委託契約に基づき、保険者との委険医療機関に対して直接診療報酬支払義務を負担するが、その委託されたところに従い、独自の権限として、保険医療機関から提出される診療報酬請求明細書についての審査をなし得る。ここに審査とは、診療報酬につき、保険医療機関が被保険者に対しては診療報酬請求権を有せず、基金に対して有するに至るところから、基金側として、適正迅速な診療報酬の支払確保のため、審査制度により、その内容を点検確認しようとするものである(基金法一条、一三条)。

(2)  審査の内容は、保険医療機関から提出された診療報酬請求書を点検するにあるが、その大要は、つぎのとおりである。

<証拠省略>を合わせ考えると、つぎのとおりであることが認められる。

保険医療機関が診療給付をしたときは、「保険医療機関及び保険薬局の療養の給付に関する費用の請求に関する省令」に基づき、被控訴人の当該事務所に対し、診療報酬請求書及び診療報酬請求明細書を各月分について翌月一〇日までに提出し(右省令一項)、被控訴人事務所においてこれを受領したときは、診療報酬総括票を整え、受付印を押なつして受付受理し、事務職員において、当該保険医療機関が提出したものであることを確認し、かつ、右請求書及び請求明細書について形式上の不備の有無の点検(被控訴人では、これを事務点検と称している。)を行つた上、これを審査委員会に提出して審査に付する。なお、請求書及び請求明細書に不備があると認めるときは、当該保険医療機関に返戻し、請求点数に異動を生じたものは、増減点通知書に所要事項を記入してこれを通知する(業務規程五条ないし一〇条)。ついで審査委員会は、提出された診療報酬請求書を審査し(基金法一三条一項三号、基金定款一七条一項三号、審査委員会規程四条)、以上の処理が終了したときは、請求書により診療報酬総括票に所要事項を記入し、保険医療機関別の支払額を算出し、過誤額を加減し、支払確定額を算出する(業務規程一一条ないし一三条)。他方請求書、請求明細書により、管掌別に、保険者別の請求額を算出し、その請求確定額を算出した上、保険者別の請求確定額を集計し、これと保険医療機関別の支払確定額の集計との数値を照合し、事項別数値が突合するか否かを確め、突合を確認したときは、保険医療機関別の支払確定額及び保険者別の請求確定額はそれぞれ決定したものとされて、基金から医療機関あて、振込みにより支払の手続をする(業務規程一四条ないし一九条)。そして、基金支部は、保険別に、都道府県に報酬確定額報告書を提出してその確認を受け、これを基金本部へ提出し、基金本部は所定の手続後、基金支部へ送金手続をする(業務規程二二条ないし二六条)。基金本部または支部は、保険者に内訳書を添付して保険者への請求手続をするが(業務規程二四条、二九条)、保険者はこれにつき独自の審査をするのであるが、その内容は、被保険者の資格の有無、重複請求の有無、療養給付の範囲外の請求かどうかについてである。以上が診療報酬の請求から支払までの一連の手続過程の概要である。

つぎに、審査自体については、前掲各証拠によれば、つぎのとおりであることが認められる。

審査は、審査委員会によりなされる。審査委員会は、基金(幹事長)により選任委嘱された委員で、診療担当者を代表する者、保険者を代表する者及び学識経験者のうちから、各九人以下の同数で構成されるが(基金法一四条)、事務処理の迅速円滑を図るため、被控訴人岐阜県社会保険診療報酬支払基金事務所では、正規の審査委員二七名のほか、別に補助者として、審査事務嘱託二一名(いずれも医師)を委嘱し、以上四八名によりなされている。審査は、健康保険法四三条の九第四項、四三条の一項、四三条の六第一項及び療養担当規則に従つてなされるが、右療養担当規則では、保険医療機関のする療養給付の範囲、担当方針等につき、つぎのとおり規定する。すなわち、同規則一二条に「保険医の診療は、一般に医師または歯科医師として診療の必要があると認められる疾病または負傷に対して、適確な診断をもととし、患者の健康の保持増進上妥当適切に行わなければならない。」、一三条に「保険医は、診療に当つては、懇切丁寧を旨とし、療養上必要な事項は理解し易いように指導しなければならない。」、一四条に「保険医は、診療に当つては、常に医学の立場を堅持して、患者の心身の状態を観察し、心理的な効果をも挙げることができるよう適切な指導をしなければならない。」、一五条に「保険医は、患者に対し予防衛生及び環境衛生の思想のかん養に努め、適切な指導をしなければならない。」一六条、一七条省略、一八条に「保険医は、特殊な療法又は新しい療法等については、厚生大臣の定めるもののほか行つてはならない。」、一九条に「保険医は、厚生大臣の定める医薬品以外の医薬品を患者に施用し、又は処方してはならない。」、二〇条に「医師である保険医の診療の具体的方針は、前八条の規定によるほか、つぎに掲げるところによるものとする。一診察、(イ)診察は、特に患者の職業上及び環境上の特性等を顧慮して行う。(ロ)健康診断は、療養給付の対象として行つてはならない。(ハ)往診は、診療上必要があると認められる場合に行う。(ニ)各種の検査は、診療上必要があると認められる場合に行い、研究の目的をもつて行つてはならない。二投薬、(イ)投薬は必要があると認められる場合に行う。(ロ)治療上一剤で足りる場合には一剤を投与し、必要があると認められる場合に二剤以上を投与する。(ハ)同一の投薬は、みだりに反覆せず、症状の経過に応じて投薬の内容を変更する等の考慮をしなければならない。(ニ)栄養、安静、運動、職場転換その他療養上の注意を行うことにより、治療の効果を挙げることができると認められる場合は、これらに関し指導を行い、みだりに投薬してはならない。(ホ)投薬量は、予見することができる必要期間に従い、おおむね、つぎの基準による。(1)内服薬は一回二日分を標準とし、外用薬は、一回五日分を限度として投与する。(2)帰郷療養等特殊の事情がある場合において、必要があると認められるときは、旅程その他の事情を考慮し、一回一四日分を限度として投与する。三処方せんの交付、(イ)処方せんの使用期間は、交付の日から三日をこえてはならない。ただし、帰郷療養その他特殊の事情があると認められる場合は、この限りでない。(ロ)前(イ)によるほか、処方せんの交付に関しては、前号に定める投薬の例による。四注射、(イ)注射は、つぎに掲げる場合に行う。(1)経口投与によつて、胃腸障害を起すおそれがあるとき、経口投与をすることができないとき、又は経口投与によつては治療の効果を期待することができないとき。(2)特に迅速な治療の効果を期待する必要があるとき。(3)その他注射によらなければ、治療の効果を期待することが困難であるとき。(ロ)内服薬との併用は、これによつて著しく治療の効果を挙げることが明らかな場合又は内服薬の投与だけでは治療の効果を期待することが困難である場合に限つて行う。(ハ)混合注射は、合理的であると認められる場合に行う。(ニ)輸血又は電解質もしくは血液代用剤の補液は、必要があると認められる場合に行う。五手術及び処置、(イ)手術は、必要があると認める場合に行う。(ロ)処置は、必要の程度において行う。六理学的療法、理学的療法は、投薬、処置又は手術によつて治療の効果を挙げることが困難な場合であつて、この療法がより効果があると認められるとき、又はこの療法を併用する必要があるときに行う。七収容の指示、(イ)収容の指示は、療養上必要があると認められる場合に行う。(ロ)単なる疲労回復、正常分べん又は通院の不便等のための収容の指示は行わない。八つぎに掲げる治療の治療方針、治療基準及び治療方法は、厚生大臣の定めるところによるほか、前各号に定めるところによる。(イ)性病の治療、(ロ)結核の治療、(ハ)高血圧症の治療、(ニ)慢性胃炎、胃潰瘍及び十二指腸潰瘍の治療、(ホ)精神科の治療、(ヘ)抗生物質製剤による治療、(ト)副腎皮質ホルモン、副腎皮質刺戟ホルモン及び性腺刺戟ホルモンによる治療。」。二一条(歯科診療の具体的方針)省略。以上のとおり、規定されている。また、昭和三三年一二月四日付保発第七一号厚生省保険局長より被控訴人理事長あて「診療報酬の請求に関する審査について」と題する通牒によれば、「一、審査の原則に関し、審査委員会における審査は、いずれの診療報酬点数表により診療報酬額を算定する場合においても、保険医療機関等から提出された診療報酬請求明細書に記載されている事項につき、書面審査を基調として、その診療内容が保険医療機関及び保険医療養担当規則に定めるところに合致しているかどうか、その請求点数が健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法に照らし誤りがないかどうかを検討し、もつて適正な診療報酬額を審査算定する。」などとされ、また、「二、審査の基本方針に関し、審査に当つては、保険医療機関等から提出された個々の明細書につき適否を審査するとともに、全般的通覧等を通じて当該保険医療機関等の診療の取扱が適正であるかどうか等の全般的傾向を十分把握して審査する必要があること。」などとされ、さらに、「三、審査の具体的方針に関し、診療行為の種類、回数または実施量等については、療養担当規則に照らして不当と認められる部分につき減点査定すべきこと。」などとされ、以上に準拠して、審査の実施がなされている。審査委員(ないし嘱託員)は、前記通牒及び療養担当規則に則り、一人一件ずつ逐次審査処理し(療養給付が実際になされたかどうかは、審査の対象に入つていない。これは委託契約の内容に入つていないためで、保険者のみがするものとされている。)、請求が誤つていると判断するときは、診療報酬請求明細書に赤いボールペンで増減点を記入する。計算及び内容の適否につき、格別疑問のないものについては、審査委員会においてそのまま容認され、疑義のあるときは、電話、文書による照会、場合により面接懇談して調整解決し、ときに審査委員会で審議決定する場合もあり、さらには、審査委員会の中に、運営の便宜から事実上の制度として設けられた審査委員の一部で構成する疑義処理委員会で処理する場合もあり得る。かくして、最終的に審査委員会での審査が終了すると、これに基づき、事務職員が計数整理をし、増減点の措置を要するとされたものについては、保険医療機関への増減点通知をする。増減点通知の制度は、もともとはなかつたが、基金側で一方的に請求額を減点することについて、医療機関側からの不満が強かつたので、これを基金側で検討した結果、便宜減点通知制度を採用することにしたが、全国都道府県毎に存する基金各事務所により、その実施の有無、実施範囲等に著しい差異があつたので、昭和三二年八月頃から「減点通知実施について」と題する基金本部の通牒により、基金各事務所一律に、同一の方法、範囲でこれを実施することになり、基金業務規程一〇条に関係規定が明定された。右通牒によれば、診療内容の審査結果に基づく減点については、査定の対象となつた患者毎に、管掌別、患者名、減点、事由を記載すること、その記載には、一定の記号をもつてすることなどが定められている。減点通知は、右通牒の定める要領に従いなされるが、保険者に対しては、診療報酬請求明細書に赤のボールペンで書き込まれた当該明細書を添付して送付するのみで、右減点通知をすることはない。右通知は、診療給付が不適当、過剰、重複その他請求点数の計算上の過誤等を理由とするむねの記載をした上、「増減点通知書」と題する書面をもつてなされる。保険医療機関が減点通知書を受領し、減点に不服であるときは、前示のとおり、電話、文書、面談等による調整で解決されるが、また、疑義処理委員会に対する不服申立の方法で処理される場合もあり得る。以上のとおり認めることができる。

(3)  以上(2)において認定した事実、前記(1)において説示したところ及び健康保険法四三条の九、基金法一条、一三条等の諸規定の趣旨に則して考えると、被控訴人は、保険者から診療報酬の請求に対する審査及び支払を委託されて、これを担当するものであり、それゆえ、審査も診療報酬の迅速適正な支払達成のためになされるものであること明らかである。すなわち、被控訴人のする審査は、診療報酬の請求から支払に至る一連の手続の中間段階にあつて、適正な診療報酬支払額を確認するため、その前提としてなされる点検措置であり、内部的判断作用であるにすぎない。のみならず、元来診療報酬請求権は、診療行為の対価であつて、診療の都度その時点で客観的に発生するものであるから、診療報酬請求が法制上診療機関から基金に対して請求される形態をとるとはいえ、その性質自体は私法上の法律関係、例えば請負、委任等におけるのと別異に解すべき理由はない点に照らしても、これら一般取引上の債権の点検確認と異なるところがないといわなければならない。それゆえ、また、審査自体前記の如き所定の審査基準に従つてなされるけれども、監督的、優越的地位に基づいてなされるものではなく、当事者対等の立場で、過剰、過少請求の有無を検討するにすぎず、もとより、これにより、診療報酬請求権が増減確定されるのもではない。以上に述べたところから、審査を目して行政処分ということはできない。しかして、審査の結果なされる増減点の通知も、これを必要とする明文の規定はなく、前認定のとおり、基金の通牒、業務規定に基づき、基金と保険医療機関との間における診療内容及び報酬額(点数)についての相互確認のため、便宜的になされる基金側の意思伝達措置であるにすぎず、それ自体独立した処分と目することはできない。けだし、増減点通知によつて、診療報酬請求権の増減に消長を来たすものでないことは、審査について述べたと同様であり、減点措置を取り消さなければ診療報酬額を変更できないということもあり得ず、それ自体法的効果つまり債権額を終局的に確定する効果をもたらすものとはいえないからである。

控訴人は、本訴請求の趣旨として、要するに、診療行為の内容実体に何ら関与することのない審査委員が一片の診療報酬請求明細書のみを資料として、診療行為の当否を判定するのは違法不当であり、現実にそれがなされている以上、審査それ自体及びこれに基づく減点措置は、行政庁の処分と解すべきであると主張し、さらに本訴減点措置を取消訴訟で争い得ないとするならば、控訴人の法的利益の保護に欠けると主張する。審査は、療養担当規則を準則として、診療給付がこれに適合するかどうかにつき、診療内容をも対象としていることは前説示のとおりである。しかし、もともと、保険医療機関(保険医)たるものの診療、療養給付は、命令の定めるところによりこれをなすべきものとされるから(健康保険法四三条の四、同条の六)、右命令すなわち療養担当規則に従つてなされなければならず、反面被控訴人側において、報酬請求にかかる診療行為が右規則に適合するかどうかの審査をなし得ることもまた同法四三条の九第四、第五項、基金法一条の規定により明らかであり、診療行為の対価たる診療報酬額の適正な算定のためには、必然的に診療内容の点検を要することは、けだし当然の理であるといわなければならない。のみならず、審査は、現法制上、適正な診療報酬額算定のための措置でこそあれ、診療行為の是正、指導自体を直接の目的とするものではないのである。そうして、当該診療行為が療養担当規則に適合するかどうかにつき、基金と保険医療機関との間に争いがあつても、審査が前述のとおり適正な診療報酬額算定のための措置であり、かつ診療報酬請求権が私法上の債権債務関係と別異でないことに徴し、その解決は、給付訴訟によるなど診療報酬請求権の存否を決することによらしめれば足りる。控訴人のいう法的利益が、審査減点に籍口してなされる診療行為への不当な関与、判断を受けないことの利益をいうにせよ、はたまた、診療報酬請求権の不当な減額をされないことによる利益をいうのであるにせよ、前段説示の理由により、診療報酬請求権の存否を決することによらしめれば足り、審査及び減点措置自体を司法審査の対象とする必要はないものと解するを相当とする。

控訴人は、また、審査が診療内容の実体についてまで及ぶことを理由として、これを行政処分であるとし、かつ、旧健康保険法、児童福祉法、生活保護法等の制度との比較上の見地から、本件審査、減点措置をもつて行政処分であるむねるる主張するが、叙上に説示したところに照らし、いずれも独自の見解であつて採用できない。

三  以上の理由により、本件審査及び減点措置は、行政事件訴訟法三条に規定する行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為というを得ないから、その取消を求める本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく不適法であつて却下されるべきであり、これと同趣旨の原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 柏木賢吉 菅本宣太郎 高橋爽一郎)

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